GLAY独立騒動の理由は事務所とトラブル?裁判の行方と復活までの道のりを解説!

GLAY独立騒動の理由は 事務所とトラブル? 裁判の行方と 復活までの道のりが スゴイ!
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GLAY(グレイ)と言えば、L‘Arc~en~Ciel(ラルクアンシエル)やLUNA SEA(ルナシー)らとともに、90年代のヴィジュアル系バンド界を牽引してきたグループですよね!

『HOWEVER』や『誘惑』など数々のヒット曲を飛ばし、全盛期の人気はあのミスチルやB‘z(ビーズ)を超えていたのではと言われるほどでした。

順調に見えたかに思われるGLAYですが、実は所属事務所とトラブルがあった末に独立騒動を起こしていた時期があったんです。

トラブルの理由となったのは一体何だったのでしょうか?

そして事務所とは裁判で争うまでに発展した独立騒動・・・これをきっかけにGLAYのメディア露出は激減していくことになります。

しかしそんな彼らも今では完全に復活し、2019年にメジャーデビュー25周年を迎えました!

この25周年を機に、これまでGLAYが歩んできた道のりを、事務所との裁判トラブルの理由、独立騒動、そしてメディア露出激減ののちに復活した道のりも含め振り返っていきましょう!

 

GLAYの事務所独立騒動の理由は裁判トラブル?

現在、GLAYはリーダーであるTAKUROさんが代表を務める事務所「LSG」に所属しています。

しかし、TAKUROさんが今の事務所を立ち上げる前は、別の事務所に所属し音楽活動をしていました。

その別の事務所というのが、GLAYがかつて所属していた「アンリミテッドグループ」です。

実はこのアンリミテッドグループ、2005年5月頃よりGLAYに対して印税などの支払いを怠っていたことがわかり、それがきっかけでGLAYと対立することになりました。

しかも、その未払いの印税や出演料は総額6憶7千万円というから驚きです。

まちゃ
6憶7千万円!?それは酷い・・・。

でもこれだけ高額の印税や出演料が発生していたってことは、GLAYがの人気って本当にすごかったんだね!

この未払い事件を発端に、GLAYはアンリミテッドグループとの契約を解除し、事務所から独立することになります。

そして独立とほぼ同時にアンリミテッドグループを相手取り、未払い分の印税や出演料の支払いを要求する為に裁判を起こしました。

 

GLAY独立騒動の裁判の行方は?

GRAYとアンリミテッドグループの気になる裁判の行方ですが、先にお伝えしますとGLAY側の完全勝利という結果で裁判を終えました!

判決の理由は、著作権印税の支払いが遅れれば、著作権は事務所側からGLAY側に移る契約になっていたと判断されたから、とのことです。

これにより、2005年11月以降の楽曲の著作権はGLAYに属していたとして、アンリミテッドグループが得ていた著作権印税などをGLAY側に支払う義務があるという判決にて裁判は幕を閉じました。

しかし、この裁判の判決が出たのは2009年10月22日・・・

2005年5月頃からの印税の未払い発覚から裁判に勝つまで、GLAYはおよそ4年半という長い戦いを強いられることになってしまったのですね。

ぷる
人気アーティストにこんな過去があったなんて・・・。

GLAYは本当に苦労したんだね。

苦しい時期がありながらも、現在まで一度も解散せず、2019年にはデビュー25周年を迎えたGLAY。

そんな彼らの独立騒動から復活までの道のりを、一緒にチェックしていきましょう!

 

GLAY事務所独立騒動以降の復活までの道のりがヤバイ!

裁判で勝訴し、独立騒動も収束したかに見えたGRAYでしたが、その後メディアへの露出が激減し、世間からは「GLAYは干された」と噂されることに・・・。

一時はライヴに20万人も動員するほどの人気を誇った彼らが、なぜ騒動を機に目立った活動が出来なくなってしまったのでしょうか?

その理由について調べてみました。

 

GRAYが芸能界を敵に回したかも知れないもう一つの裁判って?

GLAYとアンリミテッドグループグループの裁判が起こる以前に、実はGLAYに関係するもう一つの裁判がありました。

アンリミテッドグループは、2001年当時共同出版契約を結んでいた「バーニングパブリッシャーズ」を、著作権使用料の支払いが滞ったことを理由に裁判を起こしていたんです。

ももち
共同出版契約ってどういうこと?

ちょっとややこしいので、著作権使用料の支払いの仕組みを説明しますね。

著作権の使用料は日本音楽著作権協会(JASRAC)から代表出版社に支払われた後に、共同出版社に分配する仕組みとなっています。

そして代表出版社というのがバーニングパブリッシャーズで、その共同出版社がアンリミテッドグループだったため、バーニングパブリッシャーズはこの「分配」を滞らせていた、ということになります。

アンリミテッドグループへの支払いが滞っていたということは、当然アンリミテッドグループに所属していたGLAYにも影響が出てきますよね。

GLAYが直接訴訟をした裁判ではありませんでしたが、裁判の結果はアンリミテッドグループの主張が認められる形になったので、その時点でバーニングパブリッシャーズと何かしらのわだかまりはあったかも知れません。

何せGLAYが当時爆発的人気を誇った背景には、このバーニングパブリッシャーズの協力が大きかったという事実もあるので・・・。

もちろん支払いをしない方が悪いんですけどね!

そしてその後は前述したとおり、今度はアンリミテッドグループがGLAYへの印税などの支払いを滞らせ、独立する運びとなってしまいました。

これらの揉め事の後の独立騒動だったので、アンリミテッドグループとバーニングパブリッシャーズを敵に回した結果、GLAYは両社から何かしらの圧力をかけられて活動自粛に追い込まれたのではないかと憶測が飛んでいたようです。

真相は定かではありませんが、実際、独立騒動後はメディア露出が激減していたので、GLAYとしては思うように活動が出来ない時期だったのかもしれません。

 

新事務所設立を支えたのはファンの存在?

2005年にリーダーのTAKUROさんが新しく事務所を立ち上げ、GLAYが再出発してから15年が経ちました。

アンリミテッドグループから離れ、一から事務所設立というのは大変な苦労があったと思います。

しかも同時期に裁判も起こし、その裁判が4年半続いたわけですから、きっとメンバーの心労も絶えなかったでしょうね・・・。

それでも挫けず、25年もの長い間一度も解散することなくGLAYを続けてこれたのは、一体何故なのでしょうか?

事務所を設立した当時を振り返り、メンバーのTERUさんはこう話しています。

「あのとき、ファンが最初に理解してくれて、支えてくれました。その時期からGLAYとファンとの関わり方も変わっていったし、ステージからの発し方も変わったと思います。ファンという塊じゃなく、個々に向けて届けられるようになってきたんじゃないですか」

出典:withnews

事務所設立を支えてくれたのは当時のファンの存在だったと話すTERUさん。

メンバーの結束が固かったのはもちろんだと思いますが、こうしたファンとの深い絆が独立騒動後のGLAYを支え続けてきたんですね。

そしてGLAYは2019年にデビュー25周年を迎え、全国ツアーを皮切りに初の韓国公演を成功させるなど、今大きな盛り上がりを見せています。

なっし
25周年をアニバーサリーイヤーとして、GLAYは「7つの公約」を掲げているんだ♪

全国ツアーや韓国公演もこの公約に含まれるんだけど、他にもベストアルバムの発売やドームツアーの開催も発表されているよ!

2020年に入ってもまだまだ25周年の熱は冷めないね!

Twitterでも25周年記念ライヴの様子や、改めてGLAYが好きになった!などの声が多く上がっていますね!

一時はメディア露出が激減し、干されたとまで言われたGLAY・・・。

しかしこうしてファンの声を聞いてみると、完全復活したと言ってもよさそうです♪

 

まとめ

今回は、GLAYのかつての所属事務所とのトラブルの理由、そして裁判と独立騒動を振り返り、現在の復活に至るまでをご紹介してきましたが、いかがでしたか?

加えてGLAYが一時干されたと噂された理由についても触れてみました。

現在はリーダーのTAKUROさんが代表を務める事務所に所属しているということで、印税未払いなどのトラブルはもちろんないためファンは安心ですよね。

裁判と独立騒動が同時に起こったことは、GLAYにとって非常に過酷な時期だったと思います。

ただ、そうした厳しい状況をメンバー全員で乗り越え、ファンの支えがあったからこそ今のGLAYがあるのではないでしょうか。

2019年に25周年を迎え完全復活を果たしたGLAY。

30周年、35周年と続くよう、これからも応援していきたいですね!