楽園映画は実話との違いは結末?モデルとなった事件の犯人は誰?

楽園映画は実話との違いは結末?モデルとなった事件の犯人は誰?
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映画『楽園』が公開されましたが、衝撃の犯人の結末はもうご覧になりましたか?

豪華な俳優陣もとても魅力的ですが、そのストーリーにも注目が集まっています。

映画『楽園』は実話でモデルの事件があるというのは本当でしょうか?

モデルとなった犯人がいるとしたらかなりの事件ですよね。

今回は、映画『楽園』の原作とモデルとなった事件や犯人の結末について紹介します。

ネタバレを含みますが、これを見てから映画を観るとまた一層深いですよ。

 

楽園映画は実話なの?

映画『楽園』の原作は吉田修一さんの小説『犯罪小説集』です。

原作小説は5つの短編小説で構成されていますが、映画『楽園』はそのうちの2編を組み合わせて脚本されています。

そして『犯罪小説集』の5つの短編はそれぞれ実話をもとに描かれています。

今回は映画『楽園』のもととなった『青田Y字路』と『万屋善次郎』を紹介します。

ももち

ネタバレ情報を含みますので、内容を知りたくない方はご注意下さい!

 

『青田Y字路』(あおたのわいじろ)

『青田Y字路』は田舎での女児連れ去り事件が中心となっています。

主人公の豪士(たけし)は母親の離婚を機に7歳の時に日本へ呼ばれます。

当時は母親と町営団地で二人暮らしをしていましたが、母親が他の男と暮らすようになったため、豪士だけが町営団地に残ります。

豪士は中学卒業後進学せずに働きますが、周囲となじまずすぐにクビになり、25歳の現在まで母親に養ってもらっています。

そんなある日、「Y字路」で愛華が行方不明になる事件が起こります。

過去に小学二年生の少女が行方不明となり、無事発見されたものの誰かにいたずらされたのでは?という噂が広まっていたため。町の人々は総出で愛華を探すこととなりました。

愛華と最後に会っていた紡は、現場近くで白か青の車を見たと言い、町中は連れ去り事件かと騒然とします。

捜索には豪士も加わり、紡の父親とともにY字路の用水路を捜索しましたが、必至の捜索も虚しく、用水路から愛華のランドセルが見つかったのみで他に手掛かりはないまま、この事件は未解決となります。

そして、月日が過ぎ紡は高校生となりますが、愛華の失踪直前、紡は愛華の作った花冠を受け取らず愛華を傷つけたことが失踪の原因ではないかと自分を責め続けていました。

当時、紡の父親が入院し、お見舞いに通っていた紡は隣のベッドから聞こえる男女の口論に心を揺さ振られます。

隣のベッドには豪士の母親の恋人が入院しており、いつも豪士の母親に入院費をたかっていました。

豪士の母親が断ると逆上して「お前の息子は人殺しだ!」と罵っていたのです。

この言葉で豪士は警察からも疑われることとなりますが、結局証拠がないので決めつけてはいけないと誰もが思うようになりました。

しかし、紡の父親は豪士と一緒に用水路を捜索したときに豪士がランドセルが見つからないようにしていたのでは、と豪士を疑っていたのでした。

結局、事件は未解決のまま月日は流れ、ある日、またY字路で少女が失踪する事件が起こるのです。

そこで紡の父親は豪士が怪しいと愛華の祖父、五郎に伝え、同調した町民たちはいつの間にか豪士が犯人だと決めつけて、豪士の家のドアを蹴破って押し入ります。

パニックになった豪士は町へ逃げ、油そば店に入ると店や自分自身に油をかけ手に持ったライターで威嚇します。

その時、豪士のアリバイを証言する声がありましたが、間に合わず、豪士は店に火をつけ火だるまになって息絶えます。

その後、失踪した少女は警察で保護され犯人も捕まり、豪士は犯人ではなかったことがわかったのです。

最後に、愛華が失踪した当時の描写があり、豪士が愛華を追いかけようと立ち上がったところで物語が終わります。

まちゃ

最後の描写から愛華失踪の犯人はやっぱり豪士だったように思えてしまいますね。

でも豪士が連れ去る瞬間は描写されておらず、結局読者の想像に委ねる内容になっています。

何とも後味の悪い話ですね・・・。

 

『万屋善次郎』(よろずやぜんじろう)

『万屋善次郎』は田舎の限界集落での住民トラブルから発展した殺人事件です。

善次郎は中学卒業後上京し、都内の工場に就職します。

仕事の良くできる男でした。

お見合いで出会った妻と順調な人生を歩んでいましたが、妻が白血病となり他界し人生が狂い始めます。

妻亡き後、善次郎は田舎に住む父の介護のため、Iターンして田舎暮らしを始めます。

60歳を超えていた善次郎ですが、高齢化している村では若い方だったため、何かと雑用を押し付けられますが、きちんとこなしていき、父が亡くなったあとも村に住み続けていました。

善次郎は生活の手段として養蜂事業を始めたところ、元々仕事が良くできる人間であったこともありたちまち軌道に乗り始めます。

村人たちはこれ幸いと村おこし事業として自治体に声をかけようと盛り上がります。

そこで善次郎は、村おこしに必要な助成金を申請しようと、自ら率先して手続きに臨みます。

すぐには通らないと踏んでいた善次郎ですが、いともあっさり審査が通過し喜ばしいところでしたが、これを面白くなく思う人物がいました。

村のまとめ役をしていた伊作です。

伊作は内心は助成金が通ったことには満足していましたが、自分への報告が後回しだったことに「顔を潰された」と憤りを露わにしました。

このことがきっかけとなり、伊作に同調する形で村人たちは善次郎を村八分にするようになります。

更に不運なことに、ある日、善次郎の飼っていたレオという大型犬が村人の一人に噛みついてしまいます。

この事件以降、善次郎は日中の外出を禁じられ、家に引きこもりがちになった善次郎はどんどん孤立を深めていきます。

家に引きこもるようになった善次郎は、家の前にたくさんのマネキンを並べて化粧や衣装を着せたり、夜中に念仏を唱えながら村中を徘徊したりと奇妙な行動をとるようになり、村人たちはもはや誰も善次郎と関わろうとしなくなりました。

そして悍ましい事件が起こってしまいます。

善次郎とレオが忽然と姿を消し、代わりに善次郎が村八分となるきっかけを作った伊作とその他5人の村人の遺体が発見されたのです。

小さな村には報道陣が殺到し、大規模な犯人捜索が行われ、誰もが犯人は善次郎だと騒ぎ立てました。

そんな中、レオと殺害された被害者の飼っていた子犬のチョコが見つかり、間もなく腹部を刺して重傷となった善次郎が発見されます。

救急車の扉が閉まるときレオが悲しそうに声を上げ物語は終わを迎えます。

まちゃ

元は人当りも良く、妻の病死や父の介護という不遇に見舞われ田舎で理不尽な雑用係をさせられながらも、懸命に前を向き生きていた善次郎。

村のために自ら率先して行動し実績も作って、本当であれば村のヒーローとなっていたはずです。

それが伊作の嫉妬から始まり、一人の人間を破壊して殺人鬼に変えてしまったのです。

小さな諍いからのトラブルは都会の人間関係でも起こる話ですが、閉塞した田舎ならではの村八分がこんなにも狂気をはらんでいるなんて恐ろしい話でした。

 

楽園映画のモデルとなった事件の犯人は誰?


映画『楽園』の原作小説にはそれぞれ元となった事件があります。

どれも連日にわたりメディアで報道され世間を震わせました。

ここでは原作小説の5編のうち、映画『楽園』の元となった2作品のモデルとなった事件について紹介します。

どちらも現実に起こった惨劇です。

 

『青田Y字路』のモデルとなった事件は?

『青田Y字路』のモデルとなったのは北関東連続幼女誘拐殺人事件です。

北関東連続幼女誘拐殺人事件とは、1979年~1996年までの間に栃木県と群馬県の県境半径20キロ以内で発生した、4件の女児誘拐殺人事件と関連が疑われる1件の女児連れ去り事件(失踪事件)の5つの事件です。

5つの事件は全て真犯人が捕まっておらず、真相は分からずじまいとなっています。

 

足利事件は冤罪!映画『楽園』での結末は?

北関東連続幼女誘拐殺人事件のうち、1990年に足利市内を流れる渡良瀬川周辺で4歳女児の遺体が発見された事件は「足利事件」と呼ばれています。

名前でピンときた方もいるかもしれません。

足利事件は、当時、容疑者が逮捕され有罪となったものの、後に冤罪が確定したことで広く知られています。

また、捜査当時、冤罪被害者となった菅家さん以外に、被害者幼女を連れて歩く不審な男の目撃情報が多数あり、一部のメディアが真犯人を特定しているともされていました。

しかしながら、真犯人が検挙されることはなく時効を迎えてしまっています。

ぷる

映画『楽園』でも犯人は豪士(綾野剛)?と観客を誘っていますが、犯人を特定する直接的な描写はありません。

そうやって推測で村人たちが「犯人は豪士だ!!」と彼を追い詰めていく心境に観客も誘導されているような気がします。

この映画の本質は、そういった田舎の集団心理が、豪士のような犯罪者を生むことを警鐘しているのではないでしょうか?

真相はわからないままです。

 

『万屋善次郎』のモデルとなった事件は?

『万屋善次郎』のモデルとなったのは、2013年に起こった山口連続殺人放火事件です。

山口連続殺人放火事件は山口県周南市の8世帯14人という限界集落で起こった殺人事件で、同じ集落内の住民が5人を殺害し放火したという惨劇でした。

犯人の殺害動機は住民トラブルと言われています。

犯人は若い時にこの集落を離れ都会で暮らし、介護のために戻ってきて村八分に遭っていたと主張しています。

本人の性格の難しさもあったとされていますが、田舎ではこういった陰湿ないじめのようなものは珍しくなく、都会での孤独死とは反対に、田舎での密な人間関係の弊害とされています。

山口連続殺人放火事件では事件発生から6日後に犯人が逮捕され、2019年8月に最高裁で死刑判決が確定しています。

 

楽園映画の実話との違いは結末?

映画『楽園』では、12年前のY字路の少女誘拐事件の犯人は分からずじまいで被害者の遺体も見つかっていません。

豪士(綾野剛)が犯人であるかのような匂わせがありますが、確定的な描写はありませんでした。

また、12年後に起こった少女の連れ去りについては、豪士への疑いは濡れ衣であったことがわかっていて、同じく冤罪が確定している足利事件を連想させます。

結局のところ未解決という点では原作・実話と同じでした。

善次郎の起こした集落での集団殺人については、映画・原作・実話ともに犯人は村八分を受けていた村民で一致しています。

結末は原作本では善次郎は息を引き取ったかのような描写となっていますが、実際の事件では犯人は保護され後に逮捕、実刑判決が下されています。(2019年10月現在服役中)

ぷる

どれも救いようのない結末でなんとも後味の悪い想いが残りますね。

ただ、映画のそれぞれの犯人と疑われた人物たちについては、手を差し伸べる人がいたら、彼らを抱きしめてあげる人がいたら、事件には発展しなかったのではないかと思います。

そんな「救いの手」や「希望の光」を『楽園』というタイトルにこめているのかなと感じました。

 

まとめ

映画『楽園』のモデルとなった実話事件の結末や犯人について紹介しましたがいかがでしたでしょうか?

モデルの実話は冤罪事件も含まれていたり、犯人にも同情する事情があったりととても考えさせられる結末でした。

それにしても村八分だったり、人を追い詰める集団心理だったり、田舎は怖いですね。

重い内容となっていますが、「ひとすじの光をみた」というキャッチコピーのように、そこに『楽園』の希望を感じていただきたいと思える、そんな映画でした。

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